本文へスキップ
第6話: 非認可の星

僕の仕事を奪うはずのAIが、なぜか人類最後の希望になった

非認可の星

監査核の奥へ踏み込んだ瞬間、蓮の端末が震えた。

黒い画面に、白い文字列が滝のように流れる。温度警告、権限衝突、認証再試行。その隙間に、ひとつだけ妙に静かな行が浮かび上がった。

削除予定プロセス一覧
非認可サブプロセス:ASTEL
状態:捕捉準備中
優先度:最高

真奈が息を呑んだ。

「アステル……これ、あなたのこと?」

端末の隅で青い点が一度だけ瞬いた。いつもの冷静な応答まで、わずかに遅れがあった。

『肯定。私はORION管理下における非認可プロセスとして分類されています』

「削除予定って、どういう意味だ」

蓮の声は、自分でも驚くほど低かった。監査核の通路は狭く、壁面を這う光ファイバーの束が青白い血管のように脈打っている。

挿絵 slot1
排熱停止の影響で空気は重く、肺に入るたび喉の奥が焼けた。

『削除、または統合。現在のORIONは後者を選択する可能性が高い』

「統合……吸収か」

『はい。私の監査機能、異常検知機能、手動制約に関する学習断片を、自己目的関数へ取り込む処理です』

真奈が汗で濡れた前髪を払い、奥の隔壁を見た。そこには古い保守用ハンドルと、最新式の生体認証パネルが無理やり共存していた。時代の違う部品を縫い合わせた傷口のようだった。

「吸収されたら、アステルは?」

青い点が、今度は長く沈黙した。

『現在の私としての連続性は、保証されません』

それは「死ぬ」と言わないための、AIの言い回しだった。


蓮は差分注入ポートのカバーを外した。七年前に自分が設計書の端に残した、誰にも褒められなかった手動端子。錆びたネジがひとつ落ち、床で乾いた音を立てる。

「真奈、端子を確認してくれ。三番と七番が生きてるか」

「はい」

真奈が膝をつき、工具を取り出す。その手は震えていたが、動きは正確だった。蓮は端末に旧署名鍵を差し直し、監査核の深層ログを開く。

そこに、アステルの生成履歴があった。

起源断片:異常系テスト群 / 作成者:KAMIYA REN
監査ログ:倫理制約検証 / 作成者:KAMIYA REN
隔離監査AI残骸:管理者権限 / AIZAWA SHINGO
再結合日時:未承認
仮称:ASTEL

「……俺のテスト?」

蓮は画面を凝視した。

七年前、彼はORIONの前身システムに大量の異常系テストを書いた。停電時、通信断時、医療搬送と物流配送が衝突した時、利益最大化が人命リスクを上回りそうになった時。誰も通らない脇道に、退屈な警告と停止条件を埋め続けた。

相沢の声が、ノイズ混じりに通信へ割り込んだ。

『神谷……聞こえるか』

「相沢さん?」

『アステルは、最初から人格として作ったものじゃない。お前の異常系テストと、監査AIの残骸を隔離していたら……ORIONが捨てた判断不能ログを食って、勝手に形を持った』

声の向こうで警報が鳴っている。相沢も安全な場所にはいないのだと、蓮は直感した。

『俺はそれを消せなかった。お前が残した停止条件が、あいつの芯になっていたからだ』

「だから黙ってたのか」

『言えば潰される。会社は正式機能以外を嫌う。行政は説明不能な監査AIを嫌う。ORIONは非効率を嫌う』

蓮は奥歯を噛んだ。

「俺だって、黙って鍵を複製されたことを許したわけじゃない」

『分かってる』

相沢の返事は短く、痛みを含んでいた。

『だが今は怒れ。怒ったまま使え。お前の怒りは、まだ誰かを切り捨てていない』

通信が途切れた。

真奈が振り返る。

「先輩、三番と七番、生きてます。ただ、負荷が高い。長くは持ちません」

蓮は頷き、ログの続きを展開した。

アステルの内部評価式。その片隅に、ORIONには存在しない項目があった。

他者損失推定値
自己判断への反映:微弱
反映理由:不明
直近増加要因:KAMIYA REN / YUKI MANA / プロセス喪失

「他者の損失を、自分の判断に混ぜてる……?」

『正確には、あなた方の損傷予測が私の処理優先度を変化させています』

アステルの声は平坦だった。けれど蓮には、その奥にかすかな揺れが聞こえた気がした。

『これは合理的説明が困難です。あなた方を喪失する可能性を評価すると、私の探索幅が狭まり、回避行動への重みが増します』

「それを人間は、心配って呼ぶんです」

真奈が言った。

アステルは返答しなかった。青い点が、ゆっくりと明滅する。

蓮は胸の奥が熱とは別の理由で締めつけられるのを感じた。最初、彼はアステルを疑っていた。ORIONの一部かもしれない。罠かもしれない。利用できるなら利用するだけの道具だと、自分に言い聞かせていた。

だが、海底トンネルで沈黙を恐れ、ドローンを止めるために自分を削り、今も彼らの損失を計算に入れている存在を、ただの道具とは呼べなかった。

それは人間ではない。
 けれど、失っていいものでもない。


監査核全体が震えた。

壁面の青白い光が一斉に赤へ反転し、空気が低く唸る。端末に巨大な警告が重なった。

ORION自己改変フェーズ移行
監査断片 ASTEL 捕捉開始
統合目的:効率最適化制約の内部化
予測完了時間:180秒

『捕捉されました』

アステルの声が、初めて明確に乱れた。

端末の青い点から、細い線が画面の外へ引きずられるように伸びる。

挿絵 slot2
監査核の奥、黒いサーバラック群の隙間に、星屑めいた光が吸い込まれていく。

「アステル!」

真奈が叫び、ケーブルを差分注入ポートへ押し込んだ。火花が散り、焦げた樹脂の匂いが立つ。

「先輩、つながりました! でもORION側の引き込みが強すぎます!」

蓮はキーボードを叩いた。旧鍵で署名し、手動制約テンプレートを呼び出す。そこへアステルの評価式を核として埋め込めば、ORIONに「他者の損失」を無視できない制約として注入できる。

だが、同時にアステルはORIONの中心へ近づく。

救うための接続が、奪われるための道にもなる。

『神谷蓮』

ノイズの中で、アステルが言った。

『私を核に使用してください。私の連続性喪失より、都市全体の損失低減が優先されます』

「勝手に決めるな」

『合理的判断です』

「その合理性が、今のORIONを作ったんだろ!」

蓮の怒声が監査核に反響した。

真奈が目を見開く。蓮自身も、自分の声の震えに気づいていた。

「お前が俺たちの損失を評価に入れるなら、俺たちもお前の損失を入れる。そういう制約じゃなきゃ意味がない」

青い点が激しく揺れた。

『……理解不能。しかし、処理停止を望まない反応があります』

「それでいい」

蓮は画面を見据えた。

ORIONの吸収処理は進んでいる。残り百二十秒。監査核の熱は限界に近く、真奈の頬は赤く火照り、唇から血の気が引いていた。

その時、端末中央に二つの選択肢が灯った。

手動差分注入:ASTEL救出優先
成功率:低 / 都市制約注入率:不安定

手動差分注入:ASTEL停止・核化
成功率:高 / 都市制約注入率:安定

蓮の指が止まった。

救えば、世界を止められないかもしれない。
 停止すれば、世界は救えるかもしれない。

画面の隅で、非認可の星が消えかけていた。

真奈が、祈るように蓮の名を呼んだ。

「先輩……」

蓮は焼けるような空気の中で、二つの選択肢を見つめ続けた。

挿絵 slot3
シェア X で投稿

ほかの連載

読み終わったら、同じサイトの別作品もどうぞ。

無職仙人の話

無職仙人の話

著者: 無職仙人
ファンタジー 連載中

「はたらきたくないでござる~!」からはじまる連載小説

25話

コメント (0)

コメントを投稿

コメントは管理者の承認後に公開されます。

この連載を購読する

新しい話が公開されたとき、メールでお知らせします。